仕掛け人たちの
ストーリー

CA
REER

熱狂の裏側が彼らの舞台。
情熱だけでなく、
仕掛け人たちの確かな戦略がそこにあります。

国境を越え熱狂を生む。
日本オリジナルミュージカル
誕生秘話。

STORY 01デスノート THE MUSICAL

〈ストーリーの概要〉

世界的なクリエイター陣のコラボレーションにより誕生した、日本オリジナルミュージカル『デスノート THE MUSICAL』。2015年の日本初演を皮切りに、韓国でのロングラン、台湾ツアー公演、ロンドンでのコンサートバージョン上演など、今なお国内外で熱狂を生み出し続けている。ホリプロがミュージカルの輸入企業から、自社開発IPの輸出企業として一歩を踏み出した背景には、どのような物語があったのか。仕掛け人に話を聞いた。

デスノート THE MUSICAL

仕掛け人

KAJIYAMA

執行役員 公演事業本部長
(国際コンテンツ開発室担当)

輸入企業から輸出企業を目指して。
逆風の中で見出した「IF」の勝算。

EPISODE 01

「輸入コンテンツではない、オリジナルミュージカルの企画を考えよう」

少子化が進みマーケットが縮小する日本の演劇界と、海外作品に高いライセンス料を支払うホリプロの現状。これらを危惧していた、社長(当時)堀の一言がすべての始まりだった。そこでいち早く手を挙げたのが、当時入社6年目の一人の若手社員だった。学生時代から演劇に没頭し、「いつの日か自分の作品を自分の手で作りたい」という野望を秘めていた彼に、このチャンスを逃す手はなかった。数百ものアイデアを出し尽くした末、満を持して選んだ題材が『デスノート』だ。ミュージカルは、キャストが突然歌い出すファンタジーの世界。だからこそ、リアルな日常を描くよりも「死神」や「名前を書くと人が死ぬノート」のような現実ではありえない「IF(もしも)」の設定の方が、世界観に馴染みやすい。その親和性に勝機を見出したのだ。

しかし、社内の反応は冷ややかだった。当時、漫画原作のミュージカルは黎明期であり、ましてや本格的なグランドミュージカルへの挑戦は異例だった。営業会議では「誰が見に来るんだ?」と言われる始末。そのような中でまず問題になったのが、チケットの設定金額だった。「週刊誌の読者にも手軽に買える金額にして欲しい」という権利元と、ホリプロの提案金額には大きな開きがあった。だが、決して引くことはなかった。「単なる漫画再現ではない。ブロードウェイのクリエイター陣や日本のトップ演出家、実力派の俳優陣を起用し、世界で通用するクオリティにしたい」過去に制作した高水準の舞台作品の資料や、世界のミュージカルのチケット金額相場を説明したうえで、熱い想いを幾度となく伝え続けた結果、ようやく了承が得られたのだった。

作品の可能性を誰よりも信じる。
国境や世代を越えた激論と共創の日々。

EPISODE 02

ようやくスタートを切ったものの、制作の現場は困難の連続だった。音楽には『ジキル&ハイド』などのヒット作を持つ世界的作曲家のフランク・ワイルドホーン氏、音楽スーパーバイザーのジェイソン・ハウランド氏、演出には日本演劇界の巨匠・栗山民也氏を起用するなど、日米の錚々たるクリエイター陣が集結。しかし、文化背景の異なるお互いの常識や解釈は、時に激しく衝突した。「日本を舞台にした作品だからこそ、日本人が違和感を覚える描写は残せない」付箋がびっしり貼られた原作を手に、何度も国際電話をかけては議論を重ねた。相手を尊重しながらも、絶対に妥協はしない。その熱意が伝わったのか、少しずつ信頼関係が築かれていった。

しかし、公演初日直前になってもチケットは完売していなかった。「また金儲けをするつもりか」「血迷ったか」など、ホリプロに対する批判の声もSNSにはあふれていた。それでも、この作品の可能性を誰よりも信じて疑わなかった。Twitter(現X)を通じ「ミスターりんご」というハンドルネームで、公式では伝えきれない稽古場の熱気や裏話を、個人の言葉で発信し続けた。泥臭くとも、作品の熱量を伝え続けること。それがプロデューサーとしての執念だった。

日本に留まらない熱狂の渦。
自社IPで80億人超えの世界市場へ挑む。

EPISODE 03

2015年4月、迎えた日本初演。日生劇場の幕が上がると、それまでの批判は嘘のように消え去った。SNS上には「すごいものを見た」といった絶賛の声があふれ、瞬く間にチケットは完売。ミュージカルファンだけでなく、原作ファンや海外からの留学生もたくさん詰めかけ、これまでにない顧客層を劇場に集めることに成功した。「ああ、これがやりたかったんだ」常に世の中の想像よりも先を行く。何があってもその姿勢を貫き続けた、これまでの苦労が報われた瞬間だった。

その熱狂は、日本国内に留まることはなかった。日本公演のわずか2ヶ月後、韓国人キャストによる韓国公演が実現。ホリプロとして初の海外へのライセンス公演であり、歴史的な転換点となった。その後も、韓国では10年以上にわたり再演が繰り返されているほか、2017年には日本人キャストによる台湾ツアー公演を開催。2023年にはロンドンでイギリス人キャストによるコンサートバージョンを上演するなど、『デスノート THE MUSICAL』は、今なお世界中で愛され続ける大ヒット作品となっている。

そして2025年、ホリプロは国際コンテンツ開発室を新設した。これは単なる組織改編ではなく、「ホリプロの未来は、グローバルとデジタルにある」という経営戦略に基づく決断だ。海外展開において、なぜ「舞台」を主軸とするのか。それは、製作委員会方式が主流の映像作品などと異なり、舞台は自社で企画制作を行うため、ホリプロが権利を持つIPホルダーになれるからだ。これにより、世界中の興行会社と直接ビジネスを行うことができる。さらに、新部署の設立はグローバル戦略の在り方を大きく変えた。「ホリプロがいよいよ本気で国際コンテンツを作る」という明確なメッセージは、海外企業との交渉において強力な武器となっている。また、従来のように日本で完成させた作品を海外へ輸出するだけでなく、今後は企画の初期段階から海外のパートナーと協業し、ゼロから共に作品を創り上げる新たなビジネスも推進していく。

国際コンテンツ開発室が見据える未来。それは、既存の枠組みを超え、ホリプロが完全な権利を持つ「オリジナル作品」で世界に進出することだ。世界に誇る「日本らしさ」という武器から新たなIPを創り出し、80億人超えのグローバル市場へ挑む。世界中の人々の心を揺さぶる新たな熱狂を生み出すべく、ホリプロの終わりなき挑戦は続いていく。

「ドーバー海峡を越える」約束。
2026年ロンドンで
完全版の上演が決定。

COLUMN

「どれだけ時間がかかっても、いつか必ずドーバー海峡を越えるんだ」『デスノート THE MUSICAL』の制作発表で、堀(当時)社長はそう語った。それから約9年が経った2023年、演劇の本場ロンドンで、コンサートバージョンの上演が実現。全公演が完売し、その評判の高さは本物だった。そして2026年夏、再びロンドンを舞台に、今度は正式なミュージカルとしての上演が決定した。日本発のオリジナル作品が世界のスタンダードになる日は、すぐそこに迫っている。

ファンの熱量を資産へ。
テクノロジーの力で挑む
BtoBからDtoCへの大転換。

STORY 02ファンテック推進プロジェクトルーム

〈ストーリーの概要〉

1960年の創業以降、マスメディアを介したBtoBビジネスを主軸に成長を続けてきたホリプロ。しかし、アーティストの知名度よりもエンゲージメント(熱量の高さ)が問われる今、ファンと直接つながるDtoCへの転換は急務となっていた。そこで2025年より組成・始動したのが、テクノロジーを活用しファンの熱量を最大化する、ファンテック推進プロジェクトルームだ。組織変革へ踏み出した背景にはどんな物語があったのか、どんな未来を描いていくのか。仕掛け人に話を聞いた。

仕掛け人

HIRASAKI

ファンテック推進
プロジェクトルーム
副部長(企画統括)

認知度よりもエンゲージメント。
ファンと直接つながる推し活ビジネスを。

EPISODE 01

「雑誌の表紙を飾ること」かつてそれは、あらゆるアーティストにとって成功の証だった。入社時から宣伝部に所属し、雑誌や新聞といったメディアを介してアーティストのプロモーションに注力してきた彼女だったが、時代の変化と共に、ある疑問を感じるようになっていた。「雑誌の部数が減り、休刊も相次いでいる。さらにテレビすら持たない若者は、WEBやSNSから情報を得ている。これまで通りのプロモーションで、ファンにアーティストの魅力が届くのか」現場レベルでは、写真集などの書籍や写真展といった企画を積極的に仕掛け、ファンとの接点を創出しようと試みてきた。しかし、個人のアイデアに依存しがちな単発の企画では、永続的なビジネスとして根付かないのではないかという、構造的な課題を感じていたのだ。

その考えが確信に変わっていったのは、コロナ禍の2020年。デジタル戦略を推進する関係会社、ホリプロデジタルエンターテインメントへの出向もきっかけのひとつだった。そこで目にしたのはSNSで自らコンテンツを発信し、同世代に高い知名度や大きな影響力を持つ、若者を中心とした次世代アーティストの姿。彼らのマネージメントを通してSNSインサイトの重要性を知り、「今後ますます大切になるのは、認知度(知っている)よりエンゲージメント(好き)だ。熱量の高いファンを増やす施策に向き合う必要がある」そう考えるようになっていった。

そして2023年の秋に宣伝部へ戻ると、全社員から新規事業案企画を公募し、書類選考・社長面接を通過した者だけが参加できる選抜型研修「新規事業創出コース」に手を挙げる。そこで提出した企画書の表紙では、あえて大胆な問いを投げかけた。「他社の俳優は武道館で単独イベントができるのに、なぜホリプロはできないのか?」国民的なスターを抱えていながら、アーティストとファンが直接つながる独自の経済圏が少ない。その機会損失への危機感をぶつけたのだ。目指すは、従来のマスメディアを介する「BtoB」から、ファンと直接つながる「DtoC(推し活ビジネス)」への大転換だった。

商品を作るどころか売場がない。
未知の領域に挑むインフラ改革始動。

EPISODE 02

晴れて企画は通ったものの、それからコンサルタントによる研修が始まった。1on1ミーティングを重ねながら、自社におけるその事業の必要性、競合他社調査、具体的な事業内容や施策例、マネタイズの詳細やリスクの検討など、今まで深く掘り下げて考えてこなかったことを図解とともに言語化する日々。試行錯誤の連続だったが、コンサルタントの親身なサポートもあり、最終プレゼンまでに何とか完成を迎えることができた。

もともと提案していたのは、ファンのエンゲージメントを高める商品やプロジェクトの企画・実行だ。しかし最終プレゼンを終え、実現化に向けて動き出すフェーズに入ると、大きな課題が浮かび上がってきた。ECサイトや会員組織が社内に散在しているため、顧客IDが統一されていない。これでは、誰がどんなニーズを抱えているのか分析できないどころか、ファンのペルソナさえ正確に設定できない。「商品を作る前に、さまざまな嗜好を持つファンが集まることのできるプラットフォームを作り、顧客データを一元化しなくてはならない」それは、各部署の現状の利益構造や業務フローにも影響する、大掛かりなインフラ改革になる可能性も意味している。「各部署の売上はどうなる?」「誰がそれを運用する?」実現するには想像以上の課題解決が必要なことも、徐々に明らかになっていった。

さらに、彼女にはシステムや業務フローに関する経験がまったくなく、どちらかというとその分野は苦手なタイプだった。だが、逃げるわけにはいかない。社内外の有識者に力を借りながら、ゼロから「ホリプロ経済圏」の設計図を描き始めた。多くの人を巻き込むために、大切にしていることは二つ。一つは、現状の課題を忖度せずに明確にすること。耳の痛い話でも、ゼロ地点をごまかしては正しい地図は描けない。そしてもう一つは、その先にある楽しい未来を想像させること。「プラットフォームを作ることで、ファンもタレントも社員も、みんながワクワクできる場所が生まれるかもしれない」その熱意が、徐々に周囲を巻き込んでいった。企画が通った当初、堀会長にかけられた言葉がある。「やった方がいいのはわかっている。でもきっと、すごく苦労するよ」その言葉の意味することが、だんだんとわかってきた。でも、同時にこう思うようにもなった。「前に進むしかない。ホリプロが変わるには、今しかないのだから」

共通の顧客IDで熱量を資産へ。
後輩たちに贈るホリプロの未来図。

EPISODE 03

2025年4月、ついにファンテック推進プロジェクトルームが発足した。まず取り組むのは、社内に分散しているファンクラブやECサイト、チケットシステムを集約、さらにホリプロ共通のIDで顧客データを一元化し、それらを活用しながらファンとつながるプラットフォームのグランドデザインづくりだ。これにより何が変わるのか。例えば、所属アーティストの出演作品が動画配信サービスで世界的にヒットした瞬間、国内外のファンが直接ホリプロのサイトを訪れ、グッズを買い、ファンクラブに入ることができるようになる。そして、そこで得られた顧客IDを活用し、映像作品がきっかけのファンを舞台やイベントへ誘導するなど、社内部署の垣根を超えた横断的なアプローチも可能になるだろう。

また、未来のファンを見据えたビジネスも実現しやすくなる。一例を挙げると、高付加価値・高額な限定グッズは収益性が高くリスクは少ないが、それだけでは若いファンの参加をうながしづらい。だからこそ、学生やライト層でも手の届く価格帯のグッズを用意すると同時に、長期的なコアファンには特別な体験を提供するなど、長く応援できる環境を整えていく必要があるのだ。あらゆるファンのニーズを把握し、戦略や企画をデータドリブンすることで、ファンとの結びつきをさらに強いものに育てていける可能性がある。そのつながりこそが、アーティストが安心して挑戦する土台となり、ひいてはホリプロの未来を支える資産となるはずだ。

「ファンの方の行動データは『好き』という熱量の集合体であり、ファンの方が喜んでくださることは何かを示すヒントでもある」かつてシステム分野を苦手としていた仕掛け人は今、テクノロジーを力に、ホリプロをアップデートしようとしている。まだ見ぬ後輩たちが当たり前のように、社内に蓄積されたホリプロのタレントやアーティスト、作品を応援してくれるファンのデータを使って企画を実現し、世界中のファンを喜ばせられるように。今の試行錯誤は、そんな未来に向けた一歩となることを信じている。

「Fan」&「Fun」×「Tech」。
社員の思いを組織名に込める
チャーミングさ。

COLUMN

新部署の設立が決まってからしばらく経ったある日の夕方、役員からこんな電話を受けた。「明日の会議で決めるから、部署名を考えてみる?そんな機会はなかなかないから」考えた末に、自分たちでコンテンツを発信する「Fun(楽しさ)」と「Fan(ファン)」の熱量、それを支える手段となる「Tech(テクノロジー)」を掛け合わせた名称を提出した。そして翌日の昼には、「ファンテック推進プロジェクトルーム」という名前が決定した。組織のネーミングさえも、社員の思いを込めたほうが良いと考える。ホリプロのチャーミングさは、こんなところに潜んでいるのかもしれない。

アジア市場を起点に
80億人超えの世界市場へ。
スター創出への挑戦。

STORY 03ホリプロインターナショナル/
HT Entertainment

〈ストーリーの概要〉

日本のエンターテインメントを世界へ。その強力な推進力として発足したのが、ホリプロインターナショナル、そしてHT Entertainmentだ。この二つの会社を率い、世界各国の現地パートナーとタッグを組んで突き進む、両社の代表。その揺るぎない信念の原点は、2008年にシンガポールで目の当たりにした日本の音楽への熱狂だった。入社以来、音楽アーティストの現場で日本全国を駆け回ってきた彼は、いかにして日本とは大きく異なる世界の常識と向き合い、信頼を勝ち得てきたのか。そして今、アジア市場に見出す勝機とは。仕掛け人に話を聞いた。

仕掛け人

YATABE

ホリプロインターナショナル
代表取締役社長、
HT Entertainment
代表取締役社長

シンガポールで見た熱狂の原風景。
理屈抜きに国境を越えていく音楽の力。

EPISODE 01

仕掛け人のキャリアの原点は、意外にも極めてドメスティックだ。2000年の入社後に配属されたのは音楽制作部。その初期に担当したのは、自社レーベルの営業販促、邦楽アーティスト、ラジオDJ、そして大御所演歌歌手だった。演歌歌手の現場では日本全国を巡り、ご高齢のファンに向けてはカセットテープを手売りする日々。そんな日本独特の現場を駆け回っていた最中、突如として世界への扉が開かれたのは2008年のこと。アニメ『マクロスF』の「銀河の歌姫」の歌唱で注目を集めていた、当時の担当アーティストMay'nに、シンガポールで初開催されるイベント「AFA(アニメ・フェスティバル・アジア)」出演のオファーが届いたのだ。

差出人は、現地の広告代理店に勤めるスタッフ達からだった。「東南アジアにも、日本のアニメや音楽を愛する若者がたくさんいる。彼らが熱狂できる場所を作りたい」その熱意ある一通のメールが、すべての始まりだった。しかし、社内には海外進出のノウハウなど皆無。「人は集まるのか?」半信半疑のまま現地へと向かったが、待っていたのは会場を埋め尽くす数千人の若者たちだった。ライブ直前、割れんばかりの「May'n」コールが巻き起こる。さらにペンライト文化がなかった現地で、日本から駆けつけたファンが予備のペンライトを配り、振り方を教え始めた。その光と熱の波が会場中に伝播する。「アニメや音楽は理屈抜きに国境を越えるんだ」その光景が、強く心を動かした。

そして、その予感はすぐに確信へと変わる。イベントの様子が動画サイトで拡散されると、世界中のプロモーターからオファーが殺到。May'n初のワールドツアーも決定した。インターネットを通じて、日本のコンテンツがリアルタイムで世界中に広がり、熱狂の渦が巻き起こっていく。「日本の1億2,000万人という枠に留まる必要はない。世界には80億人超えの巨大市場があるんだ」

日本の常識は、世界の非常識。
同じ目線に立ち信頼関係を築き上げる。

EPISODE 02

だが海外の現場は、想像以上にトラブルの連続だった。指定したはずの機材がない、リハーサルも予定通りに進行しない、さっきまでいたスタッフが見当たらない。「日本の常識は、世界の非常識」だと痛感させられる日々だった。ある公演では、現地のプロデューサーが突如いなくなり、現場が大混乱に陥ったこともあった。その時、現場でカメラマンをしていた青年と意気投合し、共に汗を流した。そして月日は経ち、数年後に再会した彼は、なんと中国の巨大動画プラットフォーム「bilibili」の創業メンバーとなっていた。当時の思い出で盛り上がる中、話はお互いのビジネスにも波及。彼らが主催する数万人規模の音楽フェス「Bilibili Macro Link」にホリプロのアーティスト、声優が迎え入れられるなど、強固なパートナーシップへと発展していった。

「日本流を押し付けても人は動かない。郷に入っては郷に従い、現地の文化や商習慣をリスペクトすることが肝心だ」仕掛け人が貫くのは、決して上から指示を出すのではなく、現地パートナーと同じ目線に立つ姿勢だ。もちろん、すべてを許容するわけではない。アーティストを守るために戦うべき時と、現地の実情に合わせ飲み込むべき時。そんな割り切るバランスを保ちながら、予期せぬトラブルにも足並みを揃え解決策を探る。言葉が通じなくとも、喜びも痛みをも分かち合う。そのマインドこそが、国境を越え、揺るぎない信頼関係を築き上げていった。

そうして次々と舞い込むオファーの中、あるもどかしさを感じるようになる。グローバルビジネスは即断即決が鉄則。だが、ホリプロという大きな組織の中では稟議や承認に時間がかかり、折角の好機を逃してしまうこともある。「もっとスピード感を持って動かなければ」そんな現場の危機感に、ホリプロの社長(当時)堀も呼応した。「世界で戦うための新会社を立ち上げよう」そして2018年、「世界に通用するスペシャリストの創出」を企業理念に掲げる、ホリプロインターナショナルが設立した。自らスピーディーな決裁権を持つことで、現地パートナーとタッグを組んだビジネス展開を、より一層加速させていったのだ。

約48億人のアジア市場を足がかりに、
日本の繊細なクリエイティブを世界へ。

EPISODE 03

順風満帆に見えた挑戦だったが、創業からわずか2年にも満たない2020年、新型コロナウイルスが世界で猛威を振るう。海外渡航は閉ざされ、数年がかりで黒字化にこぎつけた巨大プロジェクトもすべて白紙に。一時は振り出しに戻るような苦渋も味わった。だが、胸に宿る情熱は消えない。中華圏を中心としたアジア展開を加速させるため、中国最大級の音楽プラットフォームを運営するTencent Music Entertainment Group、日中間の音楽ライセンスの代理等をおこなうEarnestとリソースを結集し、新会社HT Entertainmentを設立した。

なぜ、アジアに絞ったのか。それは、世界人口の約6割を占める巨大市場であり、時差や距離の面でも日本との親和性が高いからだ。そして何より、どうしても実現したい光景があった。彼はかつて、中華系アーティストのワールドツアーで衝撃を受けた。日本公演ですら、日本人が完全なアウェーに感じるほどの熱量。「現地のイベントにゲストで呼ばれて満足していてはダメだ。私たち自身が、海外のスタジアムを埋めるスターを生み出さなければ」その頂を目指す戦略は、単なるコンテンツの輸出に留まらない。目指すは、現地の才能ある原石を、日本独自のノウハウでプロデュースし、多くの日本人が苦手とし目を瞑ってしまう「言葉の壁」をも越える未来だ。「日本のメイク、衣装、アートワークなどクリエイティブの『繊細さ』は世界でも随一の武器になる」現地のアーティストを日本のクリエイティブで輝かせ、アジア全域、ひいては世界へ送り出す。それは、文化の融合による新しいエンタメ創造そのものだ。

「この仕事をするなら、一度は海外の空気を吸ってほしい」仕掛け人はそう語る。スマホの画面越しでは、現地の喧噪や熱量は決してわからない。言葉や文化、価値観の違いさえ面白がれる好奇心があれば、活躍のフィールドは無限に広がっていく。アジアという巨大な可能性を前に、立ち止まっている暇はない。アジアの、そして世界の地図を塗り替える挑戦は、ここからが本番だ。

トラブルさえ
笑い飛ばす
タフさを強さに。

COLUMN

海外の現場では、想定外の事態が日常茶飯事で起こる。自身が日本では経験したことがないような出来事に対し、その場で対応を突きつけられる事態が当たり前のように発生してきた。「何が起きても動じない。むしろネタにして笑い飛ばすくらいの図太さがついた」と彼は笑う。そのタフさこそが、世界市場に挑み続けられる強さなのかもしれない。